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2007年5月 2日 (水)

とりとめもなく

こんちわ

 

『普通』ってなんだろうなぁ、と最近思う。

ふつう  (名・形動)[文]ナリ(1)いつでもどこにでもあって、めずらしくない・こと、だって。まぁ、私が思うに、 大多数の人間が、目のあたりにしているメディア、文化なんかから、人々が平均的に、当然に考えられることが『普通』といわれるものなのかな。 テレビだけなら、考えてみれば多くても10チャンネルくらいしかないし、同じような番組ばっかりやってるかから、必然的にみんな、 同じような事を目のあたりにしているのだと思う。人付き合いも不思議に、ルールというか、法則性のような物を感じることがある。 特に感じるのは、営業職の人たち。明らかに会話に、なにかの方式の方式のようなを取り入れているかのごとく話す人たちがいる。とても、 話したいと思わない、更にそのまま出世して年を重ねている人の会話の仕方に、怖い物さえ感じるし、心を許せるとは思えない。

どうも、人見知りと、ひっこみ事案が祟って、人と接する機会が極端に少なかったせいか、変わった考え方をしているらしい。 人それぞれの個性があるのは認める、けど、こんなにも世の中、没個性に見えるのは、大多数の持つ『普通』であり、『常識』 あったっりするのではないだろうかと思う。それって、なんだろう? うーん・・・

『大航海者達の世紀』と言う本を読んで、これは大航海時代の発見者達が行った、 未開人への一方的な略奪と文明の押しつけをテーマに書かれている本で、まぁ、この話は文明を押しつけた訳だけど、いま、『普通』を『普通』 を持たない人たちに押しつけているのではないかと思う事がある、と言う、無理くりな解釈をこの本から受け取ってしまったのである。 この本はとても面白かった、いま、アメリカの世界戦略も、大航海時代からの伏線のような気さえするし、何百年たっても、 物が豊かになっても人間のやってる事って同じなんだね、って思う。別の話だけど、ブルーノ・タウトの本とか、 バウハウスの本でかかれている理論や問題提起なんかも、半世紀以上前のものとは思えない新鮮、やっぱり人間って変わらないのかも。

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